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文房具と阪神と野球、デジモノ、オンガク、本、シャシンなど。2009年12月、α300を中古で買いました。
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振り返ってみる、タイガースを
「暗黒時代」
阪神ファンの間で、弱くなると比較のために、思い出話のために自虐的要素を含んで口にされる言葉。95年から01年までの最下位最下位5位最下位最下位最下位最下位、この7年間を呼ぶ、そう思っています。(広義では、87年からの15年間)
確かに、この時代も弱かったことは弱かったです。さすがに細かいことは覚えていませんが、97年98年はしばしば阪神戦を見にいきました。
勝ち試合の記憶がほとんどありません・・・

しかし、弱かったのはここだけか。
暗黒時代以上に暗黒だった時期はなかったか。
という疑問が湧いてきたので、苦手な数字に曖昧な記憶をmixさせ、自分なりに検証してみようと思います。




年度監督順位試合勝率打率本塁打防御率
1973金田 正泰213064597.5200.5.2341152.82
1974金田 正泰413057649.47114.0.2371363.45
1975吉田 義男313068557.5536.0.2521283.34
1976吉田 義男2130724513.6152.0.2581933.54
1977吉田 義男4130556312.46621.0.2671844.38

まずは、阪神が自分の中に記憶として残っている1973年から。
この年は、誰もが知っている130試合目の甲子園決戦、勝ったほうが優勝という巨人戦。
こんな大一番で、0-9の完封負けを食らってしまいます。最後の、カークランドの三振だけは今でもよく覚えています。
(舞台裏は、山際淳司の男たちのゲームセット―巨人・阪神激闘記が詳しいです。必読のこと)

このような試合で大敗するあたり、先日のノーヒットノーランや昨年の日シリでの敗退、「なるほどな」という体質?伝統?みたいなものを感じますね。
74年は中日の優勝で読売のV10ならず。長嶋は引退を決意。
75年は赤ヘル元年。貯金は13もあるけど6G差の3位。長嶋元年の読売は、球団初の最下位。田淵は43本打ってホームラン王に。オフに江夏が南海へ。
76年は、ブリーデンとラインバックの加入、掛布の台頭もあって球団記録となる193発。
もちろん田淵も主砲として君臨していました。
77年。巨人独走、1強5弱のシーズン、第一次吉田政権の終焉。






年度監督順位試合勝率打率本塁打防御率
1978後藤 次男613041809.33930.5.2541394.79
1979D.ブレイザー413061609.5048.0.2681724.15
1980ブレイザー・中西5130546610.45020.5.2621343.73
1981中西 太313067585.5368.0.2721143.32
1982安藤 統男313065578.5334.5.2621183.44
1983安藤 統男413062635.49611.5.2741694.22
1984安藤 統夫413053698.43423.0.2641654.46


さて、問題の1978年、第二次後藤政権です。
後藤次男は、サンテレビの解説で「クマさんの虎情報」なんてことをやっていて、その温厚な人柄もあって、ちょっとした人気者でした。しかし、監督としての実力を疑問視する声もあり、小学生ながらに自分も「大丈夫かいなぁ」と心配しておりました。
ふたを開けてみると案の定、首位の広岡ヤクルトに30.5G離された最下位、、田淵最後の年(古沢も最後)・・・いいことのない1年でした。この年まで、「最下位を経験していないのはウチだけ」という、心の拠り所があったのですが、それもなくなってしまいました。
僕自身は、クマさんのせいではなく、「阪神Go!阪神Go!阪神阪神GoGoGo!」って踊るチアガールのせいやと、今でも思ってます。
1年で監督はブレイザーに。南海の人という印象が強いが、この前年は広島でコーチをやっていた。この1979年、ライオンズから真弓、若菜、竹之内、そして竹田がやってきました。
シンキング・ベースボールを提唱したが、8ゲーム差の4位で終わり、「沈んでどないすんねん」とツレらとボヤいてたことを思い出します。
翌80年、ヤクルトから獲得したヒルトンと、新人岡田の起用を巡ってゴタゴタ。結局、5月にブレイザーは帰国、後任は中西のふとっさん。しかし、序盤に騒動があったチームが上位に食い込めるわけもなく、連覇の広島に20.5G離された5位に終わる。ヒルトンも途中帰国、ボウクレアを獲ったけど、これが鼎瀬椒鵐ラで・・・
81年もふとっさんが指揮を執る。この年の外国人は、イタリアン野郎のラム、オルト、デード(途中帰国、後継はゴンザレス)。
82年から84年の3年間は、安藤さんが指揮を執る。3位(4.5G)4位(11.5G)4位(23G)という成績。メンバー表を見ると、ジョンストン、アレン、オルセン、ストローターといった、「ひと山なんぼ」の外国人に混じり、バースの名が。日本人でも、懐かしい名前が多数上ります。

そして85年、突発性の優勝をしてしまいます。
これはまさに青天の霹靂、交通事故「のようなもの」
でも、前3年の安藤さんの仕込みが花咲いた、と今でも思っています。

ということで、bfore1985の前12年を駆け足で振り返ってみました。
平均順位は優勝なしの3.6位ですが、前と後ろに分けると3.5と3.8と若干後ろ6年が順位を下げています。が、ヨッさんが天地会を発足させるきっかけとなった87年、球団史上2回目の最下位以降、最下位→5位→最下位→最下位→2位→4位→4位→最下位→最下位→5位、そしてまさかの野村3年連続最下位を含む4年連続最下位。この15年間の平均は5.3位。
打率も、2割3分〜5分程度で年間100本のホームランが出なかった年が、実に9回も。「負ける時はとことん負ける、勝つ時は派手に」のイメージを全く覆す負けっぷり。

こうやって、数字でも振り返ってみると、子供の頃に経験した「弱さ」なんてかわいいもの、昭和の末期から平成のタイガース、暗黒時代と呼ぶにふさわしい弱さを誇っています。
そういう意味では、85年に阪神ファンになるきっかけがあった方、「強い」というイメージもないままずっと不安になりながらファンを続いていること、頭が下がります。
僕のように、76年77年頃を知ってる者は、破壊力を目の当たりにしているだけ幸せです。それがあるから続けてられるのかも知れません。

ということで、去年の10月野球も、この中日3連戦頭2つも、そんなことからしたら、取り立てて騒ぐことではありません。もちろん、悔しいことは悔しいので、プレッシャーを跳ね返す豪快さ・おバカさを持って欲しいとは思いますが。

「あのあかんたれが、こんなに立派になって」

そんな感じじゃないでしょうか、今のタイガース。この立派さをどこまで伸ばしていけるか、去年・今年の悔しい思いがバネになって、心根で克服してくれることを願っています。
とりあえず今年は、「まだ可愛げのある」ところを見せてくれてホッとしています(笑)
| zero-52 | 阪神たいがあ | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0)
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